まどろみながら、久しぶりに”そういう”夢を見たな、と思った。 なめらかなシーツが足にすりすりと絡まる。いや。シーツではない。 なんとなく体に気怠さを覚えながら目を開けると、知らないきれいな女性が腕の中にいた。 彼女がかすれた声で小さくおはようと微笑んで、その手がこちらの頬に優しく触れた瞬間、自分の血の気がざあっと引く音が聞こえた。
まあつまりしばらく入院ですね、と金髪の男が軽い調子で言った。
標準的な呪術拘束――こちらの動きを阻むというより呪詛が飛び散らないようにする器具がつけられた状態で、今自分は桔梗院西東京支部の研究室にいる。 目の前にいるのは竜宮と名乗った研究部門の男性。同年代くらいだろうか。少し離れてドアの近くに南海と名乗った体格の良い壮年の男性。彼も研究部門付きだという。
隣りにいる二十代くらいの女性……今朝いた部屋から私をここに連れてきた女性は、驚くべきことに雨面透子だと言い放った。 彼女とは顔を合わせたことがある。といっても作戦投入前の訓練で同班になった程度だったが、学生だったしもっと長髪だったはずだ。彼女の姉だとか、実は姿を変えられる怪異だと言われたほうが納得できる。
そう主張して、他にも質問を受けて、医療部門もやってきて、しばらく。 外傷的には首の所々に呪力が漂う痣ができていることのみであったが。 それより重く下された診断は、私は何者かにかけられた呪いによってここ数年の記憶をまるごと失っている、というものだった。
知らない間に大規模作戦は成功裡に終了し、自分は連綿と続く血統呪術の呪縛からどうにか抜け出して、名前を変えて別人として暮らし、雨面透子と結ばれていたらしい。
俄には信じがたい情報の洪水を浴びせかけられ混乱する頭に投げかけられたのが、最初の竜宮の台詞だ。
理由は未だ正体のわからない呪いが他に散らないように、また人為的に呪力を薄くした空間に置くことによってこの身に残る呪い自体を不活性化し進行を止めるために、とのことだった。 それならばおそらく多少なりとも隔離された個室が与えられる。 それがある種の救いに思えるほど、今はとにかく一人になって冷静さを取り戻したかった。
抵抗などする由もない。つつがなく隔離病室へ移送され、結界を張られたあとに器具を外し、一息つく。 少しして病室を訪ねてきたのは医師ではなく、雨面さんだった。
今朝の部屋……私と彼女が住む家から、入院用の荷物を持ってきたらしい。 タオルと着替えと念のための邪気除けの呪具と、小さな赤い切り花を入れた瓶。サルビアは用意できなかったのだとか、頑張って記憶を取り戻すから、と悲しげに言う姿を見て、意外だと思った。 私が知る限り、”雨面透子”はもっと人間と距離を取る態度を隠さないような人間に見えていた。 なくなった記憶のうちに何があったのだろう。 どうしてここまでするのか理解できない今は、何もかもが違いすぎて申し訳ないが不気味にさえ映る。
なにかいたたまれない気持ちになって、雨面さんは花が好きなんですかと聞いてみたら、彼女は目に涙を溜めて頷いて部屋を出ていった。