手元のメモから痛む首を上げると、ちょうどリュウグウさんとアマヅラさんが入ってくるところだった。調子はどうかと聞かれ、首の痛みがあることと肩から腕にかけて怠くなっていることと幼少期の記憶が虫食い状態になっていることを伝えた。 リュウグウさんが入院時の私の写真と今の痣を見比べる。青丸のほうは完治、やっぱりここの赤丸で囲んだほうが広がってますねえ、と資料をペンでとんとん叩いた。
青丸がつけられた痣からは別人の呪力痕跡、赤丸の痣からは私の呪力が……ということは、何かを埋め込まれてこちらの呪力で私自身への呪いを進行させているのだろうか。似たような事例をいくつか見たことがある。 青丸の痣をつけた人物についても聞いたが、リュウグウさんははぐらかすしアマヅラさんは目を逸らしてしまった。知ることを許可されたのは、今回の呪いに関係はない、ということだけ。
経過報告のためにパジャマの首元を少し広げた状態で写真を撮ってもらう。写真には、赤黒い線状の痣が首の周りを一巻きした自分の姿が映っていた。 呪いが進行している。
呪いをかけた下手人は確か昨日ミナミさんが異能で捕捉・アマヅラさんと協力して捕縛できたんでしたっけ、と問うとアマヅラさんが頷く。 とはいえ未だ尋問中で詳しいことはわかっていないのだとリュウグウさんが唸った。
ふと、アマヅラさんがなにかに気づいたように振り向く。視線をそちらにやると、ちょうどドアが開いてリュウグウさんとミナミさんが病室に入ってきた。 呪いについてちょっとだけわかりましたよぉ、と新しい資料をサイドテーブルに広げていく。 病室備品なのか花が置いてあった。資料の邪魔だったので、一旦窓際に除けた。
今回わかったことは私にかけられた呪詛の概要だという。 典型的なルンペルシュティルツヒェン型です。支援さんの分類用短縮コードは”RUMPL”でしたっけ、という言葉で支援部門手伝いの記憶が蘇る。
RUMPL、ルンペルシュティルツヒェン型。簡単に言えば「名前を当てて正体を暴かないと解呪できない」類の呪いがここに分類される。 特徴としては術者の力量と解呪難易度が直結しないということ。 呪いの核となるものがわかりやすいものであれば一般人ですら無力化できるが、それがわかりづらいほど調査に時間がかかり、手遅れになるパターンが多いのが厄介なところだ。
概要ということは核の正体はまだわかっていないんですよねと念のため確認すると、尋問の場にいたミナミさんが口を開いた。
彼の家は蟲使いでした。
その言葉に目眩がした。 日本だけでも何万種、世界に広がれば何十万種の中から、この呪いに近い毒性や習性を持つ虫を特定しなければならない。 虫ということは繁殖力も強く、呪いを素早く広範囲に広める可能性も高い。 眉間を押さえて少し考えたあと、できるだけ平静に報告についての礼を述べた。
リュウグウさんたちが病室から辞してもアマヅラさんは帰らなかった。 昨日は来られなかったわ、ごめんなさい。小さな声が病室の空気を震わす。 仕方ないことだ。咎人の捕縛任務があったのだから、そちらを優先すべきなのはわかっている。 こちらのために動いてくれたことを改めてねぎらい、礼を言っていたら彼女が頭を差し出してきた。 今は他に望まないから、ただ、頭を撫でてほしい、と。 どうするべきか。一瞬迷ったあと、そっと彼女の頭を撫でた。 例えば人間への愛で協力してくれる怪異。人との触れ合いにより呪力を得る異能の人間。可能性はあるが、今それを聞く必要もないだろう。 求められたなら応える。今使えないとしても、神として”そう”してきたのだし、そうすべきなのだろう。
頭を撫でたら彼女は複雑な――嬉しさと悲しみが入り混じったような顔をして帰っていった。 そうだ、そういえば再来週に迫った西東京行きを延期してもらわないと。いや、間に合わないで死ぬ可能性が高い。ならば念のため先んじて栃木支部への人員補填を依頼しないといけない。 とはいえ時間も時間だ。スマートフォンのパスコードは記憶喪失の影響か入力しても解除できないし、ナースコールを押してまで急ぐことでもない。 明日起きたら頼めば良い。